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2004年4月
北里大学に入学するも、毎日飲み会ばかりの生活に嫌気がさし1年で中退。大学で出会ったアメリカ人教授のジェームス君に多大なる影響を受け留学を決意し、一番の苦手科目だった英語の勉強を始める。(当時の英語力はセンター模試200点満点中50点というやる気のなさ)
2005年4月
1年間の日本での大学生活を終え、パン屋でバイトをしながらTOEFLの合格点を取るために毎日ひたすら英語の勉強。2回目の受験でめでたくアメリカ留学の基準点173点(CBT)を取ることに成功。
2005年9月
カリフォルニアはオークランドのHoly Names Universityに奨学金を使い編入。友達できない&英語しゃべれない&カフェテリアの食事まずすぎ&勉強大変すぎという今まで経験したことのないほどの多くの壁にぶつかりはっきりいって凹みまくる。図書館と
寮の往復で毎日が終わってたね。
2006年6月
NCC というネバダ州の環境保護団体のボランティアに参加。ネバダ州で3ケ月間キャンプをしつつ国定公園に道路を作る仕事をする。労働基準法を余裕で違反するほどの過酷な労働を課せられるも、苦難を通していろいろな国の人と交流を深める。はじめて自分が[英語がしゃべれることはすばらしい]と思ったのはこの頃。人生の中での大きなターニングポイントとなる。
2006年9月
もっと自然の中で勉強がしたいという理由でアラスカ州立大学サウスイースト校に編入。行ってからジュノーはアラスカなのにオーロラが見られない都市だということに気付く。想像を絶する寒波と吹雪に半年間で挫折し、日本帰国。大雪で1週間休校ってどういうことなのよ。
2007年1月
自分を見つめ直すために日本に一旦帰国し、半年間の東京生活。おもに夜働く生活が始まる。多種多様な業種の人(モデル、デザイナー、セレブetc)との交流を通し、人生の転機となる様々な出来事が起こる(のちに自伝出版&映画化予定)。てかこの半年間がなかったら僕の人生は全く違うものになっていたんだろうなと。ファッション業界に興味を持つようになったのはこの頃から。
2007年8月
一度は中退してイタリアに留学することを考えるも、友人の助言もありとりあえず大学は卒業した方がいいということでハワイ州立大学マノア校に編入。メジャーはアメリカでも屈指の設備を誇る海洋生物学。しかし毎日実験室で試験管を振る生活を繰り返すうちに、自分が全く楽しんでいないということに気付く。
2008年3月
自分は本当は何を勉強したいのか悩んでいると、ハワイ大学にはファッション学部があるということが判明(もっと早く教えてほしかった)。アドバイザーといろいろ相談した結果、学部を学部をファッションデザイン&マーチャンダイスに変更。
2009年2月
2009 年冬の卒業が決まる。学部変更後3学期での卒業はほかに類を見ないハイペースらしい(笑)。卒業要項であるインターンシップはジョルジオアルマーニグループに決まり、現在は授業と並行してアラモアナセンターのエンポリオアルマーニでビジュアルマーチャンダイズを勉強中。
2009年5月
1年半ぶりに東京に帰国。有名外資系ブランドにて、PRとVMDの3ヶ月間のインターンシップを始める。
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